承認欲求というものが多感な人間だった。そこそこ顔が良かったので顔写真を載せれば簡単に褒めてもらえ、何十時間かけて一枚の絵を描くなんて馬鹿馬鹿しくなった。それが十六歳の時だ。その頃、中身なんて空っぽで言いたいことも何もなかったから言葉で上っ面だけのキチガイを演じて死にたいとか殺すとか言ってカッコイイって思ってた。いまでは死にたいとか殺すとかちっともファンタジーじゃなくなって、ノスタルジーをカッコイイとも思えず、言いたいことなんて溢れるほどあるのに、馬鹿に揚げ足を取られるためにタイプする指を加速さすなんてもっと馬鹿馬鹿しくなって眠る前の数十分頭をフル回転させてその日の失敗・失言とか思想を枕にぶちまけて眠る。人に顔を見られたくないから外に出たくなくなった。評価されるのが怖いから絵を描きたくなくなった。ただ月が綺麗ですねって言われたことが嬉しくて、物なんてひとつも欲しくないけれど言葉はいくらでも欲しいと思った、これが二十一歳の夏。
